1.光量子仮説
電磁波の波の振幅は、飛び飛びの値をとることが知られている。電磁波の波長が連続的であるのに対し、波の高さが連続的でないことは、一見すると不思議にみえる。ひとつの波の高さと、それより大きな波の高さが、連続的に推移するのではなく、離散的に定まるような波は、日常にはないからである。だが、この素朴な疑問は、電磁波のエネルギーの源泉を、粒子として考えることで解消されている(アインシュタインの光量子仮説)。すなわち、電磁波の波の大きさ(すなわち振幅)は、独自の振動数を持つ粒子の数だけ大きくなり、粒子とは1個1個数えられるために、その波の大きさは、離散的に、飛び飛びの値をとる。この仮説は、理論的にも、実験においても確証されており、電磁波のエネルギーとは、この粒子(光子)に起因することが、一般に知られている。
筆者は、物理的な実在として、空間的な広がりとしての物理的有と、粒子としての物理的無の2つを考えている。先の投稿(ダブルスリット実験における波動と粒子)においてみたように、この物理的無は、無であるために、一定程度、物理的有とは独自に振る舞いうる。そのように考えると、ダブルスリット実験において、物理的有としての波動が分裂して干渉しつつ、粒子という無が、その波動のいずれかを選択すると考えることができ、実験において干渉縞が現れつつ、観測されるのは常に1つの粒子である、という事態が、解釈可能になる。
この、物理的無の独自性は、上記の光量子仮説によくあてはまる。すなわち、電磁波は、常に1個の無(光子という粒子)のみを抱えるとはかぎらず、1つの波のなかに、複数の無を抱えることも可能である。電磁波(有)の振幅は、その無の数に応じて推移し、1つの無を抱えるごとに、波の大きさは大きくなっていく。
問題は、光量子が、独自の振動数を持つ、という点である。すなわち、電磁波の大きさ(振幅の高さ)は、その電磁波の抱える粒子(無)の数によって定まるが、電磁波のエネルギーは、この波の大きさではなく、波長の短さに応じて、連続的に推移し、波長が短いほど(すなわち振動数が高いほど)、電磁波のエネルギーは高い。その事態は、実体論からみると、どのように理解されるべきなのだろうか。
2.無の限定
先の投稿(質量の原理)において、エネルギーとは、無による有の混乱の度合いにあたると考えた。そのときには単に、電磁波は波長が短いほど、空間的な混乱が大きいため、そのエネルギーは高くなる、と考えていた。だが、電磁波の波(有)の源泉が粒子(無)にあり、かつ、その量子化された粒子が、独自の振動数を持っている、という事実は、無というものについて、独自の限定が存在することを示唆している。そこで、光量子の無について、いかなる限定を想定しうるかを考えてみたい。
先に、電荷の成り立ちをみるときに、無というものの種類を考えていた(電磁気力の構造)。すなわち電荷とは、有を吸い取って無を構成するパターンと、有を押し出して無を構成するパターンのあいだの作用にあたる、という考えである。その無のパターンは、有を吸い取るにせよ、押し出すにせよ、有である実体に圧力を及ぼし、電荷同士のあいだの牽引・反発作用が発生する(クーロン力である)。そのように、電荷による作用が生じるのは、無が実体中に現れているためであり、無の現れ方として、典型的には、上記の2パターンがある、という意味である(その後の投稿でみたように(暗黒物質と暗黒エネルギー)この他にもニュートリノの場合と暗黒物質の場合を想定しうる)。そのため、無が実体中に現れるところの、物質粒子および弱ボソンは、この2パターンのいずれか(Wボソンの場合は両方)によって、無を発現させる。
だが光子の場合は、その有的性質の波と無的性質の波は比例して整列しているため、光子という無が、実体である有のなかに現れることはない。すると、無が有を吸い取る・押し出す作用は、有のなかに無を現すための作用であるため、光子の無の場合、そのような作用は不要である。そのため、光子の無は、実体中には何ら現れない、単に電磁波に内包された無である、ということになる。
では、光量子の持つ振動数は、どのように理解されるべきなのだろうか。電荷の場合、その吸い取り・押し出す作用が強いほど、その電荷が実体に及ぼす圧力は強い(電子の場合は素電荷のため違いはないが、クォークの場合電荷の強さには差がつく)。すなわち、無というものには、無としての強度があり、無が実体に現れる場合、その強度に応じて、無の及ぼす圧力も大きくなる。光子の場合も、そこに無があることに変わりはないため、光子の無は、実体への圧力を伴わない、単純な無の強度を持つ、というように想定できる。すなわち、無としての強度が強いほど、その電磁波のなかの無は強まるために、電磁波の波は空間としての有を失い、波長は短くなる。逆に、無の強度が弱いほど、電磁波の内包する有(空間である実体)は広がりを持ち、電磁波の波長は長く、エネルギーは小さくなる。
3.電子のエネルギー準位
電磁波の振幅が、飛び飛びの大きさを持つのは、電磁波の内包する無(粒子)の個数分だけ、波が大きくなるためであった。また、電磁波のエネルギーの強さ、すなわち電磁波の波長の短さは、その電磁波の内包する無(粒子)の、無としての強度によっており、光量子の持つ独自の振動数は、この無の強度に対応すると考えた。
電子は、特定の振動数の光子を吸収することによって、そのエネルギーを、飛び飛びの値だけ増すことが知られている。すなわち、自然な状態(基底状態)にある電子は、自らと共鳴する振動数を持つ光子を吸収することによって、励起状態(エネルギーを得た状態)へと遷移し、その励起するエネルギーの高さは、エネルギー準位のかたちをとって、飛び飛びに遷移していく。それはすなわち、電子という実体の揺らぎ(電子は実体中に単独で現れる物質であるため電磁波の波動とは異なる)における無(粒子)が、光子という無(粒子)を受け取ることによって、受け取った無の個数分だけエネルギーを高める、という意味である1。
それは、無というものに強度を考えうるのみならず、粒子間で無の強度をやり取りする場合があることを示している。というのも、コンプトン効果は、電磁波が物体に反射するときに、入射時よりも振動数(波長)を低めて反射・散乱する、という点を確証している。それは、電子に衝突する光子の無が、電子へとその無の強度を渡したのちに、無の強度を弱めてはじき出される、という意味である。
問題になるのは、光子を吸収してより高いエネルギー準位へと遷移した電子が、そのエネルギー準位に見合う軌道へと移動する、という点である。すなわち、原子内の電子のエネルギー準位は、電子殻のかたちをとって(基本的に)定まっており、原子の内側においては、電子のより高いエネルギー準位とは、より外側の軌道(すなわちより外側の電子殻)を意味する。この、電子のエネルギー準位と電子殻の対応関係は、何を意味するのだろうか。
ひとつ基本的な論点からおさえておきたい。電子は物質粒子であり、無が実体に現れない光子の場合とは異なり、その無は単独で実体に現れている。すなわち、光子の場合は、無が現れて有を混乱させることがないために、光子の無は質量(それは実体の混乱により無の軌道が散乱することを源泉とする)を持たず、従ってその速度も一定である。しかし電子は有のなかに現れており、有を混乱させるために、質量を帯びるとともに、実体中を自由に移動でき、その自由とは、電子が速度を変化させうる、という意味である。
そのうえで、粒子存在の運動の源泉が、有である実体からの、無に対する反発である、という論点に着目したい。すなわち、有(空間という実体)は、無と矛盾するために、有のなかに無があるときには、有はその無を、その位置からはじくように機能する、という根本的な論点である。その、有からの反発は、電子の内包する無の強度が増すときに、電子がより外側の電子殻へ移動する、という点を説明する。というのは、無は有によってはじかれるため、ひとつの電子の揺らぎの抱える無の強度が増すことは、その揺らぎ(すなわち電子の実体)が有によってはじかれる度合いを増すことにあたる。そのため、光子の無を吸収した電子の無は、実体によってはじかれる度合いを増すために、運動を高め、原子内のより外側の軌道へと離れる2。
電子の場合の無の強度が、このように電子の運動量に対応することは、先ほどの、エネルギー準位と電子殻の対応関係をよく説明する。すなわち、電子の無がより強度を増して運動を高め、ある限界をこえると、その電子は、原子核からのクーロン力の釣り合うところの、より外側の軌道へと移動する。コンプトン効果では、原子番号の大きい物体ほど、コンプトン効果による振動数の減少が発生しにくいことが知られているが、それは、原子番号が大きいほど、軌道が詰まっており、電子殻の空きが少ないために、電子が運動量を増しても外側の電子殻へと(電子間で反発するクーロン力のために)移動しづらく、そのため光子からの無の強度の授受が発生しにくいためである。
結び
以上は、光量子についての基本的な論点をおさえていると思う。電磁波が、量子化された粒子として想定されうるのは、物理的な働きの源泉に、無という1個ずつ数えられる存在があるためである。そのように考えると、物理的な実在についての、ある程度の一貫性のある描像を考えることができるのではないかと、筆者は思っている。
- 励起した電子は、基本的に不安定であり、自然なままでは、光子を放射して基底状態へと戻る。先に、エネルギーとは無による有の混乱にあたると考えたが(質量の原理)、光子の分の無を吸収した電子の場が、乱れて不安定であることは、その論点に沿っており、また、電子がエネルギーの低い状態へ遷移する際に、光子を放射するというのも、電子が吸収した分の無をはじき出すという意味である。 ↩︎
- すでにふれたように、光子(電磁波)の場合は、その波の速度を変えることがないため、無の強度の変化は、その波長の変化としてのみ現れる。すなわち、無の強度が高いほど、電磁波の波の抱える有が失われる、という論点である。 ↩︎
2025.5.6 更新

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