はじめに
物理的に存在するものとは何か。本試論においては、純粋に物理学的知見にもとづいて、物理的実在についての統一感のある説明を提示する。試論の範囲をこえるものではないものの、五里霧中の難題について、少なくとも一つのすっきりとした基礎的思想を与えようとするものである。
1.実在の実体性
量子力学の記述する対象は、一般に粒子性と波動性を併せ持っている。この二つの区別について考えてみたい。ダブルスリット実験は、物が、粒子として存在しつつ、波として運動することを示している。その事態の最も素直な解釈は、そこには粒子も波も存在し、粒子が波にのって運動するために、ダブルスリット実験の干渉縞が発生する、という軌跡解釈である。軌跡解釈の、理論上の難点は、一部の粒子(フェルミ粒子)が、一つの数としてのみ存在し、何ら実体的な量を持たないという点である。軌跡解釈は、波動性の実在を認め、粒子はその実在する波にのって運動する、とシンプルに考えるが、波動性を実在として考えると、波動という実在以外の、粒子という物的実体を、考えることができないケースが生じる。その一方で、量子力学の標準的な解釈であるコペンハーゲン解釈は、粒子を実体と見なしつつ、観測による波束の収縮を考えることで、波動の実体性を度外視している。すなわち、ダブルスリット実験は、物の運動を記述するのに必要な、波動の存在を、非実体的に捉えると、粒子を実体と認めうるのに対し、波動を実体的に捉えると、粒子の実体性が失われる、という点を示している。そのことが示すのは、量子力学的対象においては、粒子の実体性と、波動の実体性が、互いに排他的であるという点である。すなわち、量子力学的対象は、粒子性と波動性を併せていると、一般に考えられているが、存在論的にみると、そのいずれかに実体性を考えると、他方の実体性が想定できない。
2.実体性の解釈
この、排他的実体性を、シンプルに解釈すると、量子力学的対象の、粒子性を有とすると、波動性は無になり、波動性を有とすると、粒子性は無になる、という結論が導ける。ここでは、波動性を有とするように考えたい。というのも、物的実体は、時空として存在するもののことであると考えるのが分かりやすい。時空は、量子場すべての基礎となる存在であり、時空という基礎的存在のうえの、存在の演算的変化が、一つ一つの量子場であると考えると、量子力学的な存在論を容易に理解できる。時空は、四次元の広がりをもつものであるため、それは基本的に空間的実体性を持つ。そのため、量子力学的対象における有は、波として広がるものであると考えたい。排他的実体性から推論すると、実在とは、広がりとしての物的実体(時空として措定され波動関数として影響する)と、その実体中に存在する、無という粒子の二つである、と考えることができる。すなわち、実在するゼロが、素粒子という粒子であり、この無がその中に実在するところの、空間的広がりが、実在する有である。
3.相互作用の演繹
以上の点を基礎に、一つの想定をしてみたい。有と無は、互いに排他的であり、それらが一つの存在をなすことは矛盾する。そのため、有の中に無が存在すると、有には、無になることに抗う揺らぎが生じる。すなわち、有的性質と無的性質のあいだの、有と無のあいだの揺らぎが、粒子の存在により発生する。そのうえで、次のように考えてみたい。すなわち、有的性質の波と、無的性質の波は、同一の波における振動の座標としてではなく、互いに別個の波をなす。実在の揺らぎとは、有の中に無がおかれたことによる、有の振動であるが、その振動は、有が無になることによる、有が無化していく無的性質の波と、無が有に矛盾することによる、有の高まりとしての有的性質の波の、二つを想定できる。これら二つの波について、波の組み合わさり方に応じて、三つの場合を帰結できる。一つは、二つの波が揃っているもの。この場合、無的性質が高まるほど、有的性質も高まるため、有のなかに無が現れることはない。また、有と無は実体的には排他的であるため、この波においては、無的性質の波と、有的性質の波は互いを退け合い、波は直交する。すなわち、電磁波(有)であり、電磁波を生む粒子である光子(無)である。二つ目は、二つの波が揃いつつ、反対であるもの。すなわち、無的性質が高まるほど、有的性質は弱まるという関係である。この場合、無が強まることで、有が弱まる関係にあるため、無は有のなかに現れるとともに、波の振幅の反対においては、無は有のなかから隠れる。有の中の無は、この波においては安定せず、発現したり(Wボソンをなす)沈潜したり(Zボソンをなす)して、弱い相互作用を構成する。三つ目は、無的性質の波と、有的性質の波が、互いを打ち消し合うもの。先の二つの波は、振動が揃いつつ、一つは比例し、一つは反比例していたが、そのような比例反比例関係ではなく、波としての振動がずれているものである。波の干渉として、互いを高める(上記の二例)のではなく、打ち消し合う組み合わせという意味である。この場合、無的性質の揺らぎと、有的性質の揺らぎは打ち消し合って解消されるため、無である粒子は実体中を自由に振る舞うとともに、実体中に単独で現れる。すなわち、物質(クォークおよびレプトン、無)である。物質粒子の無は、有に単独で現れるため、その発現は間欠的になって半整数倍にスピンし、また、実体中に独自の揺らぎを生む。その揺らぎは、揺らぎが細かなもの(クォークの場合)と、揺らぎが緩やかなもの(レプトン)があり、比喩的だが、細かい揺らぎほど絡まりやすく、緩やかであるほど、波は互いに絡まりにくい。揺らぎが比例または反比例関係にあるときには、一つ一つの波は整列しているため、互いに絡まることはないが、実体中に単独で現れている物質粒子においては、有的性質と無的性質が、それぞれ独自に振る舞い、その独立の揺らぎが互いに絡まる効果をもつ。すなわち、クォーク同士を結合させる強い相互作用(その絡まり合っている実在(有)がグルーオン)である。
4.基礎存在としての時空の解釈
時空は、四次元である。一般に、空間座標としての三次元と、時間座標としての一次元が、四次元をなす。この、時間座標を、三次元空間の性質としての、ばねの硬さと考えたい。すなわち、量子場は、その場の演算の基礎に、調和振動子をおいている。量子場は、弾性的に振る舞い、一つの弾性振動する平面として模式化できる。その、弾性振動する場の、演算の基礎的存在は時空であり、一つ一つの量子場は時空上に表現され、あるいは時空の変化として、数学的に構成される。すると、演算の総体として、演算が想定する実在は、時空という基礎と、場という表現に分かれるにせよ、弾性を帯びた存在であり、実在の弾性は、物的実体の根本的性質の一つである。ここに、時空における、時間座標が関わる。すなわち、量子場が、時間発展するためには、その場は振動しなければならない。場の運動は、場の振動に等しいからである。すると、場における時間とは、すなわち振動にかかる時間であり、時間は、量子場においては、場の振動としてのみ現れる。相対論は、時間座標における、時間の速さの伸び縮みを考えるが、この時間の伸縮は、量子場においては、量子場の振動の速さの伸縮としてのみ、発現する。すなわち、時空における時間が遅くなることは、量子場においては、その運動が遅くなる、ということを意味するが、それは、具体的には、場の振動――量子場の運動の実体――が遅くなることのみを意味する。この、場の振動の速さが遅くなる、という事態は、場が振動しにくくなる、という意味である。すなわち、振動する弾性が、より弾性を発揮しにくくなると、場は振動しづらくなり、振動する速さが、遅くなる。まとめると、時空における時間座標が、量子場において表現するのは――量子場の運動が、場の振動に等しいことから――場が振動を受け入れる硬さである。相対論において、時間の伸縮として記述されるものは、実在においては、場の硬さ、場における、ばねの硬さ、と比喩的に表現できる。
5.質量の解釈
以上をふまえ、相対論の考える、重力の仕組みを演繹してみたいが、その準備として、質量を解釈してみたい。重力場は、質量をもつ粒子によって構成される(もちろん、素粒子単独での重力場は微弱である)。先の、排他的実体性の議論によると、粒子とは、実在する無であり、この無の実在によって、有である物的実体には、無的性質の波動と、有的性質の波動の二つの波が生じ、波の組み合わさり方に応じて、重力相互作用以外の三つの相互作用が構成される。相互作用は、このように実在の波動の性質によって三種あるが、粒子自体は、単なる無(点)として、その波動の中心に位置する。すなわち、存在としては、いずれの相互作用の発生原因においても、粒子は単なる無として同一である。その、無という粒子が、どのような波動を伴うのか、どのような波動の中心へと内包されるのかによって、相互作用の別が生じる。すると、電磁相互作用においては、無は実体中に現れない。その一方、弱い相互作用においては、無は不安定に現れ、強い相互作用においては、粒子である無は、波動からは無関係に振る舞うため、実体中にそのまま現れる。ここに、質量の、根本原因を考えたい。すなわち、有は、無を受け付けることができず、自らに矛盾するために、無が有に現れるほど、その有は激しく混乱する。すると、無は、有においては、有が激しく混乱するほど、有のなかに位置を占めることになる。無は、それ自体としては無であるため、一切の位置を占めない。しかし、有、すなわち位置を有するものにとっては、無の位置は、有の混乱が大きいほど、より明確になる。すると、無である粒子の位置が明確に、すなわち粒子の位置が確定するほど、粒子の運動量は不確定になる(ハイゼンベルクの不確定性原理)。運動量が不明確になることは、運動量を定め難いことを意味し、そのように、運動量を与えにくいものは、動かしづらい。ゆえに、無が現れると、その場は、動かしづらくなり、質量を帯びる。弱ボソンと、クォークおよびレプトンが質量をもち、光子が(少なくとも理論上は)質量をもたない理由は、このように考えられる。すなわち、質量をもつ粒子においては、有に無が現れることで、有の混乱が生じ、その混乱によって、位置の確定性が増して、それと反比例する運動量の確定性が減じ、そこに、質量が発生する。
6.不確定性原理の仕組み
以上は、説明のために、ハイゼンベルクの不確定性原理を利用していた。小澤の不等式によって計算式が修正され、位置と運動量を同時に確定させる余地が指摘されているものの、実験において何を測定できるかというレベル以上の、位置の確定性と、運動量の確定性の反比例関係自体は、小澤の不等式ももちろん認めており、この反比例関係は、物理の根本として不動である。その原理の、仕組みを考えてみたい。それは、ここでの議論の基礎となる、有と、無のあいだの矛盾関係に起因する。すなわち、ここでの議論は、実在に排他的実体性を考え、有という時空のなかに、無という粒子が、実在すると考えている。それらは、存在として、矛盾するものである。そのため、電磁波の、有的性質の波と、無的性質の波が、互いを退け合ったように、粒子という無は、時空という有にはじかれて、常に、自分のいる位置を、移動させている。あらゆる物が、運動しているのは、このためである。
その点をふまえると、粒子という無が時空という有に現れ、有の混乱が生じると、ミクロのレベルにおいては、場が激しく混乱して振動するため、場の中心の極微において実在する無という点は、場のどちらの方向からはじかれるのかが不明確になる。そのような混乱がないときには、無はシンプルに有にはじかれて、その運動量は、完全に定常である(光子である)。しかし、無が有の中に現れ、位置の確定性が高まって、場が混乱すると、有からの基本的な反発を受けている無は、一つの方向に向かって運動しようとしても、様々な方向から押されて、ジグザグに移動進路を変えながら移動することになり、粒子の運動量の確定性が減じる。その点に加えて、次も考えたい。すなわち、無の運動が不明確になることにより、有が、無という存在を受けて、どのように振動していいのかも、不明確になる。すなわち、無の軌道がぶれることによって、有が無を受けて振動するときに、場は全体として、有的性質の波と、無的性質の波を、まとまったかたちで構成しづらくなり、場の全体は振動しづらくなって、比喩的に言えば、場の振動が「硬く」かつ「遅く」なる。
7.重力の構造
以上をふまえ、重力場での重力の構造をみてみたい。重力の一般的なイメージは、時空のひずみのなかへと、物が落下していく、というものである。一般相対性理論が発見したのは、その、時空のひずみであるが、しかしその、時空のひずみは、穴のようにくぼんだもの、というイメージのみによって、説明できるものでは、もちろんない。時空のひずみは、様々な物理的効果を持つためである。この時空のひずみというものを、以上の、排他的実体性と、そこから演繹される、不確定性原理によって表現してみたい。いま、質量をもつ粒子(無)は、有を混乱させることで、その無の周囲の有を「硬く」する、としている。場が「硬い」のは、有の混乱により、有の振動が全体としてまとまって振動しにくくなるためである。すると、その、質量を有する粒子の周囲では、有が混乱することで、無一般の、運動量の不確定性が増大する。それは、先の不確定性原理の演繹と同様である。その点をふまえて、そのように、運動量の不確定性が増している場所と、そうではない場所を比較すると、質量をもつ粒子の周囲の方が、その場の効果がない場所よりも、運動しづらい。重力は、この、場所と場所のあいだの、相対的な、運動量の確定させにくさ(あるいは、確定させやすさ)に起因する。すなわち、質量が大きく、すなわち有の混乱が激しく、運動量を確定させにくいものほど、運動量を確定させやすいところ――有が混乱していない場所、運動量を確定させようとする度合いが高い――では、有からより強い反発を受ける。他方、運動量を確定させにくいところでは、有からの反発を、より少なく受けるだけで済む。そのため、この、運動量の確定しやすさ・しにくさのあいだの傾斜によって、質量をもつものは、重力場の外側から押され、かつ、自分の質量の帯びる、運動の確定しやすさ・しにくさに釣り合う場所へと移動し、恒星なり、銀河中心のブラックホールを中心とした構造をつくる。その重力という現象は、場における無の運動のしやすさ、すなわち粒子一般の運動のしやすさにおいて発生するため、質量のない光子も、重力場の、運動のしにくさを通過するときに、その変化を被って、重力レンズ効果を示す。ブラックホールが、単に光子を屈折させるのみならず、吸い取ってしまうのは、おそらく、ブラックホールの、無限に質量を増していく作用が、実際に、実在として、無限に、常に質量を増し続けているために、重力場が、さしずめじょうろのように常時引き伸ばされ、常に運動のしにくさを増大させ、そのために、ブラックホールに近づいた光子も、その吸い取り作用に牽引されるから、であるのかもしれない。ただ、そのような、無限にすぼまっていく重力場は、例外的なものである。
8.時計の遅れ
重力の構造を以上のように捉えると、重力場による時計の遅れも、同様に演繹できる。すなわち、質量によって生じる重力場においては、質量が大きく、質量によって生じる場への影響が大きいほど、その時空上の量子場は――有の混乱が激しいため――振動しづらくなり、運動量を確定しにくくなる。振動しづらく振動が硬くなることは、振動の時間が遅くなることに等しい。また、重力場とは別の、よく知られた相対論効果である、移動運動の高まりによる時計の遅れも、同じように演繹できる。重力場のない場所において、物の移動運動を速め、量子場がより速く移動することは、すなわち、場がより激しく混乱することである。すでにみているように、量子場の運動は場の振動にあたり、その場の運動を、自然な慣性に反して高めると、振動が乱れ、場が混乱する。すると、先ほどは、場が、重力場において激しく混乱し、そのために粒子という無の運動量が確定しにくくなるとしたが、場の同じ混乱が、慣性に反する量子場の運動においても発生する。すなわち、場(すなわち有)が混乱する、という点では、重力場――静的に混乱している――も、慣性に反する運動――動的である――も、同じである(一般相対性理論における等価原理である)。すると、その場の混乱の増大によって、粒子の運動量を不確定にする作用がはたらき、無の軌道が散乱するため、無を受けた有も、全体として波を構成しづらくなり、場が振動しづらく(比喩的に、硬く)なって、場の振動、すなわち、実在する時間が、流れにくくなり、時間の流れが遅くなる。
結び
さて、以上の議論は、無という物理概念を導入しており、その点に、理解のしづらさがある。しかし、例えば量子もつれのような現象は、無というものの実在を、示唆する例かもしれない。すなわち量子もつれは、無的性質の波のみが、二つの粒子を相関させるもの、と想定すると分かりやすい。通常の、クォーク同士を結合させる強い相互作用は、無的性質とともに有的性質の波も絡まり合っており、そのために、空間的な位置を占め、引き離そうとすると、有的性質の波の絡まり合いが混乱し、激しいジェットを生む。量子もつれにおいては、有的性質を除外した、無的性質の波においてのみ、粒子の実体の波が絡まり合っていると理解すれば、その結合は、無的性質――位置を占めない――にのみ依拠するため、三次元的空間的な束縛を受けない。そのように理解すれば、量子もつれが、非常に微弱であり、最低限の相関作用しか及ぼさないことと、空間的束縛を受けないことを、一定程度理解可能にする1。無の実在という概念は、このように、一定の説明可能性を有しており、その概念を認めることは、物理的対象の存在論において、有効な解を見出す、手助けになるといえるかもしれない2。
- 二つの波が整列していないとき――クォークとレプトン――においては、無的性質の波が有的性質の波も伴って作用すると、それは電磁波となる(物質による放射である)。しかし、物質粒子においては、無的性質の波と、有的性質の波は、互いを伴う必然性がないため、物質は、都合三つの波を構成していることになる。すなわち、一つは、すでにみた電磁波であるが、その他に、有的性質を伴わない無的性質の波――量子もつれの原因――と、無的性質を伴わない有的性質の波――おそらく重力波――の三つである。 ↩︎
- 以上の考察を立てる際、量子場および時空の、物理学上の基本的な捉え方について、谷村省吾先生(名古屋大学)にご教示いただいた内容が、大いに参考になった。この場を借りて、感謝申し上げたい。 ↩︎
2025.5.25 更新

コメントを残す